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アスペって言われた話

ことによると特定案件なのだけど、もやもやしていて、誰か共有できる人が見つかったらうれしいのでこういう形にしようと思います。

あと、これは主観的な体験に基づく個人的な内容ですので、発達障害発達障害と診断された方たちに対して、なにかもの申したり、判断したり、とやかくする意思はなく、ただ自分がどう思ったかというだけの話として書くものですので、ご理解ください。

 

わたしのゼミの教授は精神科医です。

相談をしていると、話がどんどんずれて、わたしの内面の話ばっかりになってしまうんだけど、そんななかで、わたしが発達障害なのでは、という話になった。

 

わたしは発達障害の講義を受けていたとき、その特性や生きづらさについて「あ~~~わかる…わかるけどわたしは違うと思う…わたしはまだ軽すぎる…」などと思っていたり、ASDの人の書いた本を読んで「あ~~~わかる…」となったりしていた。

でも、わたしは自分のことを、「先天的な偏りを持つ人」ではなくて「後天的な歪みを持つ人」だと思っていたのだった。

その根拠は、わたしの生育歴と、あと本に書いてあったこと。そんなに激しくはなかったけど、心理的に虐待と見なされる扱いをされてきたので、「虐待を受けた子供は発達障害と鑑別のつかない臨床像を示す」という言葉に裏打ちされて、「わたしは後天的な歪みを持ってるだけだから、発達障害ではないけど、健常者でもないからどっちつかずでいやだな」などと思ったりしていて、いっそ診断されたら楽なのかなあなんて思ったりもしていた。

 

実際わたしはASD傾向をはかる尺度の得点も低くて、数字に対するこだわりやらなにやら、典型的にASDとされるような特性はない。(叔父は典型的なそれであるけども)

アスペルガー症候群 診断結果
「55点」
少し自閉傾向があるようです

メンタルヘルス アスペルガー症候群診断
http://atmentalhealth.jp/asperger/

これもこんなだし。

わたしの脳みそのいろんな不具合は、現実で起きていたいろんなことから逃げながら生きてきたせいだと思って、十分納得できる。

 

でも、自分が発達障害だと言われると、腑に落ちることもたくさんある。

一度気になるとやらずにいられなくなってパニックになったり、感情がぐるぐるすると処理できなくなってパニックになったり、離人感みたいなのに少し違って肉体とのバランスが悪かったり、脳みそに閉じ籠るのが好きだったり、意識を半分飛ばして遊んだり、文字にするとうまく表現できないけれど、そういうわたしのいろんな特性が、確かに自閉特有のもので、話をしていてそんな風には見えないけれども確かに感覚が普通ではないのだと先生は言った。

 

わたしは「普通じゃない特別な自分」には憧れていたけど、「普通じゃない異質な存在」なのだと面と向かってはっきり言われて、わたしのこれまでの人生ってなんだったんだろう、なんて感傷的になったりなんかしてしまった。

わたしにとって当たり前で普通だと思っていた感覚や世界やもろもろのすべてが打ち砕かれて、お前の世界はここにはないのだと言われて、よそ者なのだと、外側の人間だから生きるのがそんなにつらいのだと言われてしまっては、なにもかもだめになってしまう。

わたしのアイデンティティは液体だから、発達障害という容器を与えられたら、もうその容器の形になるしかなくなってしまう。

発達障害の勉強をして、大変だなあと思ったりして、きっとそこには自分は違うという安心感があったんだと思う。

 

わたしが今までやっていたのは健常者の真似事だった。

なるほどうまくいかなかったわけだ。不適応を連発したわけだ。そもそもが違った。

開き直ってしまうと、世界はこんなにも生きづらい。

人の音がこわくてたまらない。

人の顔がこわくてたまらない。

虚勢がなくなって、人から発せられる情報の多さに押し潰されて、脳みそを空っぽにしないと耐えられないときがある。

全部生まれつきだったなら、どうしてもっと早く教えてもらえなかったんだろう。

そうしたらもっと楽だったはずなのに。

最近変になったと言われる。

頑張るのをやめただけだよ。

それか、与えられた容器の形になっただけだよ。

 

これを読まれた方のなかには、「お前なぞ発達障害ではない」とか「その程度でそんなこと」とかいろいろ思われる方もいることでしょう。他ならぬわたしがそう思っている。わたしの何もかもに対して、そう思っているのです。

結婚したら、貧乏でも楽しくやっていけるよね

人間のしあわせってなんだろう。

 

好きなタイプは年上で頭がよくて本を読む博識な物腰の柔らかい大人っぽい人です。

 

本当に好きな人とは結婚しない方がよいのだと聞いた。二番目に好きな男と結婚するのが女の幸せなのだと。

 

わたしは、解離っぽいのかなんなのかよくわからないけど、とにかく雰囲気に引きずられて情緒が著しく変化して、その際には価値観や行動様式、ものの考え方、捉え方、将来の夢、もろもろの何もかもの精神的な活動が変わってしまう。

もしも、一人でいるときのわたしが本物なのだとしたら、わたしは結婚もしたくないし性行為をしたくもないし生殖活動もしたくないし、人といたくもない。

それでもわたしは寂しくて、依存しないと生きていけないので、誰かには依存したい。だから恋人もいる。でも、一緒にいれるときといれないときがあって、好きでいれるときといれないときがあって、耐えられるときと耐えられないときがあって、恋人を振り回しがちだし、わたしの都合に、主に不安定な情緒によって、彼に臨機応変な対応を求めすぎている。

それに耐えて慣れた恋人は、わたしにぐずぐずに依存してしまった。

わたしは依存されるのが嬉しかった。わたしを必要とされることが嬉しかった。受け入れてもらえるから、優しくしてもらえるから。だから恋人とそれらしく仲良くもできた。

でもときどき、ふと我にかえると、どうしても気持ち悪くなってしまって、なにもかもが興ざめを越えて苦しくなって、意識を少し後ろに下げてしまうのだった。離人は便利なツールでもある。

 

 「好き」の呪縛が怖い。「好き」には「好き」を返すのがマナーだ。わたしに時間もお金も途方もなくつぎ込んできた彼に、不躾な真似をすることはできない。 わたしという存在が彼にとってどれだけ大きなものかということと、わたしと彼はもう同じレールの上に乗っているということと、そのレールに乗ったのは自分だということと、とにかく彼とわたしの間に存在する、彼から向けられたあらゆる感情やわたしの価値を思い知れば思い知るほど、わたしはこの底無し沼から未来を見つめる方法を思い出せなくなる。

 

あんなかわいい子供が生まれたらいいね、子供が生まれたらこんなふうに遊ぼうね、きっと楽しいよね、そうやって話したのは、うそではないんだよ。

うそではないけど、現実にいるのが苦手なわたしにとっては、その現実を叶える力がないかもしれない。きみと一緒に生きている自分を思い出すことができないときがある。刹那的な、現実的なしあわせってなんだっけ。どうやって楽しくなっていたんだっけ。きみといて、何が楽しかったんだっけ。依存させてくれるなら、誰でも良かったんじゃないの。わたしも、きみも。都合がいいやつって思われてそうってきみは言ったよね。そのとおりなんだろうね。でもきみがわたしといたいって、きみがわたしのこと好きだって、それが最初で、いまでも続いてるんだよ。

 

わたしが元気になったのはあなたのおかげです。感謝しています。だから、わたしはその恩を、あなたに返すために、あなたがわたしがいれば幸せだと言うから、わたしがいなくなったら生きていけないと言うから、たぶんあなたが好き。

鳩がつぶれて死んでいた

鳩がつぶれて死んでいた。もっと具体的に言えば、電線の真下にある道路の真ん中から少し右にずれた辺りで、頭を側溝側にして、左側を走ろうとするわたしに尾っぽを向けて、ぴくりとも動かない羽の塊が落ちていた。たぶん頭がつぶれていたようで、不自然にそこがへこんでいたのだけど、かといって車に引きずられたようなあともなくまわりの道路もきれいで、鳩が勝手に死んだみたいにすら思えて、まるで飛び降り自殺みたいだった。鳥なのに。

 

わたしはメンヘラじゃない。

といえば嘘になる。でもメンヘラって自己申告だし、だからわたしはメンヘラじゃないことにしておく。少なくとも、今みたいに気持ちの前向きなときは。その乱高下こそがメンヘラがメンヘラたる所以のひとつでもあるけど。

わたしは人に感情移入しすぎるらしい。

 とはいっても、その対象が苦境のなかにいて、精神的苦痛に押し潰されそうになっている状況に限る。つまり、ただの投影。

 

このふたつが特性としてわたしに備わったのは、他ならぬ家庭環境と、わたしを助けられなかった児童福祉と、わたしを迫害した学校教育によるところが主だと思う。

わたしは自分の家庭環境と自分の特性がスタンダードだと思って生きてきた。わたし自身のスタンダードであるだけでなく、普遍的なものだと思っていた。だからこそ、不登校になった自分はみんなにくらべて努力不足だとか、なまけているとか、思ったり言われたりしてそれを享受していた。精神的な自傷行為もまた気持ちがいい。

わたしはそうやってずっと、自分が普通だと思って生きてきた。だってわたしは自分の世界しか生きたことがないし、自分の世界の中心は自分だから、その世界のなかではわたしが基準で指標なのだ。

その世界の根幹を揺るがしたのが、大学の講義だった。

知ってはいたけどわたしはどうやら精神に障害があってもおかしくない生育歴の持ち主で、認知の歪みはばりばりにあるし、情緒的発達も不十分で、すなわち、集団においてはまれな、異常側の人間だった。

「どうしてそんなに元気なの?」

「大変だったのに、えらいね」

 「強いね」

そういうことを言われるためにここまできたわけじゃなかった。わたしは、自分自身のために、もがいて、はいずって、みんなに追い付きたくて、家族に認められる優秀な人間であることを証明したくて、だから、そんな驚かれたくなった。わたしは徹頭徹尾正しいことをしてきたのだから、そこに驚くようなことなんてないはずなのだ。

だって驚かれたら、「病気になっていることが正しくて、大学で成績上位に入るのはおかしい」みたいだ。

そうやって、「普通」との比較をされて、自分でもして、「あー自分は場違いだなあ」と思ったりして、感傷的になっちゃったりして。

わたしは自分の野望を達成するために心理をやるし、わたしのぼろぼろで鋭敏な感受性は使いこなせば「健全で鈍感なあちらがわの人たち」にはない武器になると思ったし、これは助けてくれなかった過去の大人や助けてもらえなかった過去の自分のための復讐でもあった。

でも、心理をやってるのはたいてい「あちらがわの人」で、心理に求められるのは「健全な鈍感さ」だった。ケースに引きずられないようにと釘を刺される。ミイラはミイラ取りになれない。

それでもわたしはまだ大学に通って、院を目指している。

それは結局、「強い自分」が「弱い自分」を助けるすべを学ぶためで、あんまり人のためではなかったりするんだけど、まあうまくやれるようになったらそれなりの仕事について、「あちらがわ」にはできないことをばりばりやりたいという野望も、捨てきれないでいる。

「弱い自分」はといえば、このまま病気になって一生メンヘラでいたい、とか思っている。健全なんて真っ平だ。健康で元気な自分なんてかりそめで、躁転してるだけで、またすごいうつがくるんだから、下がるための上昇なんてなくていい、ないほうがいい。健康になるのはさみしい。ずっとこうやってどんより生きてきたんだから。悲劇のヒロインぶっていたい。誰もわたしを助けてくれなくて、わたしはひとりぼっちだと、泣くことが好きなのに。なんて思ったりもちゃんとしている。

 

わたしは鳩なのかもしれない。飛び降り自殺をする鳩になるのかもしれない。飛ぶのかもしれない。飛んでいるのかもしれない。飛ぼうとしているのかもしれない。

わたしの好きな曲②と雑記

人間やめたいです。

 

すごく間が開いたんですけど、好きな曲のやつやります。

好きになった順に書こうと思っていたんですが、順番的には妥当なのとジャンルはまとめたほうが収まりがいいので、今回は中学生ごろのわたしのボカロ遍歴の一部をさらすことにします。

あと、こういう記事を書くときって文体に迷いますね。どうでもいいんですけど、同級生がレポートをこの文体で書いていたのでちょっとびっくりしました。

あと、アプリだと動画貼れないのですね。なんとか工夫するので、わざわざ読んでもらったからには聴いてもらえたら、気に入ってもらえたら同志が増えてうれしいです。

 

・ロミオとシンデレラ

 当時ハマっていた曲のなかで今でも引きずっている曲です。アナザーとか替え歌とかたくさんありましたが、本家が好きで丸一日聴いてたことを思い出します。歌詞よりメロディです。

 

森之宮神療所☆

http://sp.nicovideo.jp/watch/sm2500894?cp_in=wt_srch&cnt_transit=suggest

元々手描き動画で初めて聴いたのですが、その動画のセンスのよさにひきずられて中毒になり、前のiPodで一番再生回数の多かった曲です。北朝鮮からテポドンが飛んでくるという実況スレを見ながら、日本が終わってわたしも死ぬなら、この曲を聴きながら死のうとひたすら聴き続けて、結局テポドンは来なかった、そんな日がわたしにもあったんです。

 

・siGrE

http://sp.nicovideo.jp/watch/sm5837378?cp_in=wt_tg

音がなんとも言えず大好きで、ボーカルラインもさることながらギターのメロがとても美しいので是非もっと広まってほしい曲です。Aメロコード進行がたぶんドツボなんだと思います。

 

・eight hundred

 http://sp.nicovideo.jp/watch/sm6738433?cp_in=wt_srch

・サイハテ

 http://sp.nicovideo.jp/watch/sm2053548?cp_in=wt_srch&cnt_transit=suggest

この2曲は、父親が死ぬ前に聴き始め、父親が死んだあとにひたすら聴いていた曲です。悲劇を悲劇的に受け入れるためには脚色するBGMが必要でした。感傷をさらに美しくするための陶酔が必要でした。今はもうつらくて聴きたくない曲でもありますが、大好きです。『サイハテ』に投影していたことに関しては、やはりエレクトラ・コンプレックスの強さを感じざるを得ないですね。

 

物理屋のサヨナラ

http://sp.nicovideo.jp/watch/sm2679202?cp_in=wt_srch

確か「ポップレクイエム」のタグで行ったんだと思いますが、自殺したいときに何となく聴いたりしていた曲です。

 

・ハイセンスナンセンス

http://sp.nicovideo.jp/watch/sm6793193?cp_in=wt_srch&cnt_transit=suggest

この辺りから中3かなと思いますが、確か「電子ドラッグ」のタグからだと思います。夜中に鬱に浸りながら絵を描いたりなにやらをするときのBGMでした。ちょうど好きだったジャンルの手描き動画もあったので、ひとしおという感じです。聴いてるとその夜の気分に引きずられます。

 

鬱病

http://sp.nicovideo.jp/watch/nm5920944?cp_in=wt_tg

スマホでは再生できないやつです。あと再生数がほとんど変わってなくてびっくりしてます。当時からとっても大好きなのですが、全く伸びないので本当に悲しいです。こんなに素晴らしく精神に溶ける曲をわたしは他に見つけられませんでした。夜中に好きなキャラのぬいぐるみを作りながらひたすら聴いているとなんとも言えず深みに落ちていって安心したのを覚えています。

 

・新世界

http://sp.nicovideo.jp/watch/sm7513121?cp_in=wt_srch

夜中に聴いていたシリーズの曲です。夜中のなかでも明けがた、日が昇ってしばらくまではとても気持ちよく聴ける曲です。人生のエンドロールにしたらとてもかっこ良さそうですね。

 

・sr.wonderland

http://sp.nicovideo.jp/watch/sm10644005?cp_in=wt_tg

ミリオンに行かないのが本当に信じられない曲です。人生で一番好きな曲のひとつですが、とにかくなにもかもが最高で、すべての音やすべてのタイミングやすべてが最高なので、いや本当に、聴いてください。

 

・愛ト茄子ト平和ナ果実

http://sp.nicovideo.jp/watch/sm9705925?cp_in=wt_tg&cnt_transit=suggest

死にたいときにアッパーにするBGMです。

 

・某○×△□より

http://sp.nicovideo.jp/watch/sm9023529?cp_in=wt_mllst

死にたいときにダウナーにするBGMです。

 

とりあえずここまでで一区切りにします。

わたしの好きな曲①

先に記しておきますが、わたしはBメロと転調に異様な執着というかこだわりというか、好みがあるようです。

 

是非好きな曲のよさを分かち合いたい!ということで、拙いながらわたしの好きな曲、アーティストを残しておこうと思いました。ただ、記憶力(主に想起)に相当な制約のある頭をしているので、思い出し次第追記していく所存であります。

あと、スマホなので動画貼れないのですが、興味あったら聴いてみてくれたらうれしいです。気に入ってくれたらとてもうれしいです。

 

だいたい好きな期間が長いほうからです。

 

坂本真綾

わたしの音楽の原点かもしれない。小学2年生の頃、精神科に通院していて、その車のなかで母親がカセットを流して歌っていました。なので、昔の曲しか知らなくて、夕凪ループくらいから全くわからないし、それほどひっかからなくもなりました。思い出補正が強いのかもしれない。

あと絡んだ話として、ラーゼフォンの劇場版が大好きです。(アニメ本編は観てないのですが)

特に好きなアルバムはLucyハチポチニコパチDIVEです。

「Lucy」インストなのですが夜明け前に聴くのがとても好きです。

マメシバ」PVを観て感動した思い出が。

アルカロイド」Bメロよりもサビが好きなわたしのなかではイレギュラーな曲

「Life is good」元気がないと聴けない元気になる曲

パイロット」昼寝をしながら聴くといいと思います

「ポケットを空にして」ipodに入ってない…

「しっぽのうた」かんのようこはかみ

シマシマ」ベースラインがひたすら好きです。サビも好き

「キミドリ」同じくベースライン。Bメロがあつい。

「THE GARDEN OF EVERYTHING~電気ロケットに君をつれて~」なんのメロディか詳しく知らないのですがサビのパートの違いが好きです

「I.D.」元気になりたいときに聴いていた曲です

「走る」恋愛でうまくいっているときに聴くと楽しい曲です

「月曜の朝」Bメロだけひたすらに好きです

「ピース」ベース!!!!!!!Bメロからサビが最高です

「ユッカ」鬱から躁に移る夜明けにおすすめです

 

 

 

Sound Horizon

別にさ行というわけではなく、小学6年のときに好きだったサイトのブログに貼ってあった石畳のPVから入りました。その前は、ハルヒのキャラソンとか、曖昧ねっとだーりんとか聴いてました。手元に資料がないので思い出しながらもだもだ書いていきます。

「沈んだ歌姫」この歌を歌うためにわたしは巻き舌ができるようになったのでした。

「屋根裏の少女」インストですが狂おしく好きで1週間くらいずっと聴いてました

「Ark」サビ前のギターのにゃんにゃらにゃんにゃんってとこが大好きです。もちろんBメロも激あつ

「エルの天秤」生誕祭でやった歌姫の天秤最高でしたね

「エルの肖像」生誕祭のはもつきん最高でしたね

「終端の王と異世界の騎士」リコーダーで練習しました

「朝と夜の物語」Bメロのバイオリン好きです

「焔」Bメロ!!!!!!!サイッコー!!!!!!!

「見えざる腕」KAORI大好きでして、サビとCメロの伸びは本当に素晴らしいですよね

「緋色の風車」KAORI大好きでして、サイコーのBメロをKAORIが歌っています

「黄昏の賢者」コンサートのベースがサイコー。Bメロできまれます。わたしが歌詞で泣くサンホラソング上位

「冥王」特に間奏が好きです。REMIも大好きでして。冥王の壊れたマリオネットサイコーでしたね、と書いて思い出しました「壊れたマリオネット」大好きです

「人生は入れ子人形」コンサートのコーラスがサイコーのサイコーですのでぜひ!!!!

「神話」コーラスが大好きでして、コーラスが大好きでして、コーラスが大好きでして

「運命の双子」コーラスが…しもつきんはサイッコーですね。しもつきんといえば「霧の向こうに繋がる世界」(ドイツ語がつく)大好きです

ここまで書いてMoiraは全部好きなことに気づいたので今は省略します。

Marchёnは特に「宵闇の唄」と「黒き女将の宿」と「青き伯爵の城」ですね。発売日にアニメイトの開店突撃しました。なぜこんな書き方かというと今手元に音源がないのです。

ハロ夜も全部大好きです。英語!?!?とびっくりした覚えがありますね。特に「おやすみレニー」はサイッコーであります。

ヴァニスタは大分びっくりしましたが、「Mother」は普通にBメロがあついし、「IwN」も癖になりかたが半端じゃなかったです。

「檻の中の箱庭」まずタイトルで白目をむき、視聴で口から泡を吹いたという感じの曲。黒猫パートが狂おしいですね

「食物が連なる世界」妻が弱ったあとの夫のパートで、辛そうな夫の声の後ろのコーラスが明るい妻の声なのがめちゃくちゃめちゃくちゃ大好きなんです

「言えなかった言の葉」メロドラマパートの盛り上がりが銀河1

「憎しみを花束に代えて」個人的泣けるサンホラ上位。ものすごく頑張ろうと思える曲。共感しかない

「イヤチョットチカクマデハキテンダケドサァ」黒猫パートが宇宙のきらめき

「涙では消せない焔」焔と黄昏の賢者両方好きなので発狂した思い出。Aメロで瀕死になり、Bメロで殺され、サビで生命を注がれ、Cメロで生まれてくる前に殺され、ラスサビで生まれてくる曲

「愛という名の咎」感動と混乱と祝福と混乱と希望と混乱と絶望と混乱とミーシャ

「忘れな月夜」裁判のところが狂おしいですね

 

ここで一旦区切ります

 

弱気になってはダメ、すべてはなんとかなるから、ポジティブになりなさい

すべての人がそう思うことで頑張れるならうつ病はない。

この間のバイトの愚痴の少し続きになる。
まだまだうつが治らなくて、自然に笑えないし、うつと表現するのがいちばんてっとりばやい状態がまだ続いている。(うつの人ごめんなさい)バイトのシフトのことで呼び出されて、いつを休みにするのか、という話をしなければならなかった。ただ、私はもうこれ以上働けないという考えしかなかったし、いつをとかいう問題ではなくて、今すぐにでも解放してすべてのものから逃げ出さないと自分が何をするかわからない、というこのあいだも書いた気がする考えがぐるぐる回っていて、それを「ふつうのひと」にどうわかってもらえばいいのか?とずっと考えながら無駄に胃を痛めていた。
そこに、上司によってありがたい励ましの言葉が格ゲーのコンボのようにきれいに打ち込まれたのだった。

弱気になってはだめ
あなたが頑張らなくてどうするの?
あなたの家族も歯を食い縛りながら必死でがんばってここまでやってきたんだから大丈夫
頑張れないと思ったら頑張れなくなる
なにごともポジティブに考えなきゃ面白くない
なにごともうまくいくしなるようになるんだから頑張りなさい、わたしだってそうだったから

あと10発くらいは頂戴した気がするが、始まってすぐに意識を半分飛ばしてしまったのでほとんど思い出せない。泣いちゃうのでやめてください、と言って私がこらえていたのは激励に胸を打たれた感動の涙ではなくて、感情の爆発を塞き止めてそれでもあふれてしまうなにかだった。

頑張ることのできる人に悪気はないし、むしろこれは清々しく正しすぎる言葉だ。だからわたしには受け止めきれなかった。受け止めたらわたしも頑張ることのできる人になれるのだろうか?これでもちこたえて、やりすごして、またしばらく先に同じようなことがおこって、そのたびにもちこたえてやりすごして、そうやって生きていくしかないのか。そうやって生きていくしかない。死なないわたしに責任がある。

もう頑張れないと思う。これ以上頑張ったらもう元に戻れなくなる気がする。でもそんなのただの大袈裟な杞憂で、頑張らなくてすむためにわたしがいままでとってきたこずるい方策なのかもしれない。わたしは絶対的に間違っている。それは確かだ。でもどうすればいいの。元気出しなさいって言われても、どうやったら元気になるのかわからない。わたしがわるい。わたしがわるい。あなたはただしい。

今日のかきとめ

どうでもいいけど、編集画面をスマホで開いて直接書くと、とても書きづらい。スクロールが地獄なのだ。なのでわたしはいまこれをメールの作成画面でしこしこ入力している。どうでもいいけど。ついでに言えば大学のクーラーの恩恵を受けながら。

よしもとばななの小説が好きだ。
高校生の頃までは、母親の本棚に並んでいたそれらの本を、少し避けていたというか、私は手を出さないぞ、という謎の意地によって遠ざけていたのだったが、大学生になって、心理学を勉強してボロボロになって、殻が外れてむき出しの自分はあっさりそれを手にすることができたのでした。
私は集中するということがとても苦手で、外的な刺激にすぐに注意を向けてしまうし、外的な刺激がなければ内的な刺激を作り出して同じことをしてしまう。アウトプットは得意だけど、インプットは苦手。なので、本を読むというのもあまり得意ではなくて、波をつかめそうなときしか読む気も起きない。でも、よしもとばななの小説は不思議といつでもすいすいと読めるのだった。例えるなら、水よりからだの水に近いポカリのような浸透力で。(私は水よりも味のついた飲み物が好きで、なかでもポカリが一番飲みやすい、という感覚による)

昨日は『デッドエンドの思い出』を勢いに任せて読了した。短編集なので少し気乗りしなかったけれど、朝急いでいる瞬間につかんできただけのことはあった。なかでも、『おかあさーん!』という話は、電車のなかでためらいなく泣けるほど私にゆさぶりをかけるものだった。自分を育てることができなかった母親と父親と小さい頃の自分が夢のなかで食事をして、その内容がいかにも、という場面があるのだけども、尋常ならざるシンパシーでもって一緒になって親を感じてしまった。この話で泣ける人と友達になりたい。
ちなみに、今日読んだのは『ジュージュー』。宮坂さんは私の理想の男性像というか、教授に見ている夢と同じだったので、ほげーというかんじでした。

ところで、卒論のことを考えてこのところノイローゼに追い討ちをかけていたのだけれど、卒論の内容として考えていたモデル、すなわち自分の心について言葉にしてその形を描こうとしたものと、似たような表現がよしもとばななの小説のなかにはしばしば見られ、何かにかられるように久しぶりにまた手を出したことに意味と導きを感じる次第です。